物語
ーー「譲り葉の蝶」が、まだ蝶を七百七十七匹ほどしか集めていない頃の物語。
今日も「蛍」の少女は、記憶のないまま睡蓮の咲く場所で誰かを待っていた。
自分がいつからここにいるのか、何故ここに来たのか、本当の名前や姿すらも思い出せない。
いつからか己を傍らの睡蓮の花と同じ「スイレン」という名だと思い込んだ。
ただ、未練ある魂——「蝶」にささやかな灯りを差し出して、導くように天へと見送る。
たまに「蜘蛛」に喰われてしまう「蝶」もいたが、スイレンにはどうすることもできない。
ある夜、スイレンの目の前に傷だらけの少女が飛び込んできた。
「蛍」でも「蜘蛛」でもない、ただの人だったが、少女があまりにも「あの人」に似ていたので、スイレンは昔を思い出した。
これまで忘れていたはずのこと。
己の生い立ち、本当の名前、そして何故「わたし」は死んだのか。
自らの命を絶つほど憎んだ「あの人」は誰だったのか——。